栗城史多さんの死因はなに?止める人はいた?Abema生放送はどうなる?

栗城史多さんの死因はなに?止める人はいた?Abema生放送はどうなる?
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こんにちは。

今日はプロの登山家である「栗城史多」さんについてまとめてみました。

この度栗城史多さんは8回目のエレベストに挑戦し、

7000メートルを登ったところで下山活動に入りました。

しかしその後、遺体となって発見されたということです。

すごく悲しいニュースですよね。

では栗城史多さんについて気になる

「簡単なプロフィール、死因、経緯、止める人、Abemaの生放送」

などについてまとめてみましたのでご覧ください。

栗城史多さんの簡単なプロフィール!

本名:栗城史多(くりきのぶかず)
生年月日:1982年6月9日(35歳)
出身地:北海道瀬棚郡今金町
職業:登山家 起業家
出身校:札幌国際大学

 

登山が好きだった彼女と同じ景色を見るために、

登山を始めたのだという。

栗城史多さんの死因はなに?経緯は?

調べてみました!!

 

事務所によると

エベレストで下山途中の栗城が遺体となり発見されました。

下山を始めた栗城が無線連絡に全く反応しなくなり、
暗い中で下から見て栗城のヘッドランプも見当たらないことから
キャンプ2近くの撮影隊が栗城のルートを登って捜索し、
先ほど低体温で息絶えた栗城を発見いたしました。

ということだそう。

 

そもそも栗城史多さんの体調悪化のため下山になったのだという。

 

考えられる原因としては

高山病ですかねぇ・・。

遭難とかではないみたいなので・・・

 

ご冥福をお祈りいたします。

栗城史多さんを止める人はいなかったの?

彼を止める人はいなかったのだろうか?

 

調べてみると、栗城史多さんは今回でエレベスト登頂が8回目の挑戦だそう。

指が凍傷になって動かなくなっても登頂に挑戦するのになぜ誰も

止める人が現れなかったのだろうか??

 

「生きて帰る。執着しない。」

という言葉を残して登っていったそうなのですが、

周りは止めてあげるべきだったのではないかな、と思います。

結果論ですが。

 

また栗城史多さん自身も

一番意識しなければいけないことは執着しないということです。

山の先輩によく言われるのは、「生きていればまたチャレンジできる」ということです。死んでしまったらもうチャレンジすらできません。僕たちがとても大切にしていることは、第一に生きて帰ることです。まずはどんな形でもいいから生き続けるということがすごく大切であり難しいことだと思います。

とインタビューで答えている。

 

8回目の挑戦で少し執着してしまったのかもしれませんね。

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栗城史多さんが行う予定のAbemaでの生放送はどうなる?

また栗城史多さんですが、

もともと5月28日にはAbemaでの生放送が発表されていました。

 

また世間では「AbemaTV」のせいなのではないか?

との意見もあがっています。

 

Abema側から5月28日の生放送まで待ってほしい、

などの声があったかもしれませんよね。

そうなると今回の問題は結構大きなことになってきますよね。

 

未だ現在Abemaからの発表はありません。

何か情報がわかり次第追記したいと思います。

栗城史多さんに対する世間の反応は?


などなど。

様々な意見がありました。

まとめ!

・プロの登山家「栗城史多」さんが死去

・死因は高山病ではないか

・abemaTVのせいという声もある。

などなど。

9本の指を失ってもなお登り続けた栗城史多さん。

ご冥福をお祈りいたします。

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